「ボクは彼女に食べられて(仮)」
作:カレッジシナリオ講座参加者の皆様&ミソラレミ
――この窓から見る景色をあと何度ボクはみられるのだろうか。
病室のベッドに浅く腰かけたボクは、窓に外に広がる景色をみながら、
毎日そんなことを嘆き続けた。
「純平くん、どうやらキミは結核に侵されてしまっているようだ。
このまま肺が蝕まれてしまうと、私たちにはどうにも出来ないかもしれない・・・」
「・・・先生、それって・・・つまり・・・」
ボクは、その先の言葉を発しようとしたが、咳が止まらなくなってしまい、
医師に諭され、促されるようにベッドに横たわった。
先生は、眉間に皺を寄せた難しい顔を無理やりの笑顔で隠して
僕に布団をかけてくれて、何度も背中を擦ってくれていた。
――あれから、ボクはいつの間にか眠ってしまったらしい。
どれくらい眠っていたのかも覚えていない。
目を覚ますと、いつも見慣れた染みのある病室の天井だった。
ボクは深い溜息をつくと、やっとのことで上体を起こして、
ベッドに腰かけると窓の外に目を向けた。
――今、何時くらいだろうか。
外はまだ暗がりで、暗闇に同化した外の景色は、庭の木や
無造作に置かれた白いベンチが微かに見て取れるくらいで、
どこまでが地面なのかよくわからない。
「・・・ボクにはあと、どれくらいの時間が残されているのだろうか。」
そんなことを考えながら、ベッドに腰かけたボクは目を閉じる。
答えの出ない問いかけが、ボクの頭の中でグルグルと回っていたが、
ついに考えるのが面倒になって閉じた重い瞼を持ち上げて再び、
面白みのない見慣れた窓の外の景色を眺めようとした。
次の瞬間、驚きのあまりボクは思わず、ワァッと声を上げてベッドに倒れこんだ。
なぜなら窓の外に立っている制服を着た女の子がじっとボクを見ていたからだ。
女の子はボクと目が合うなり、窓を青白い手の甲でコンコンとノックして
開けて欲しいと言わんばかりの表情を見せる。
ボクは、躊躇いながらもベッドから立ち上がり、窓に近づくと鍵を開けて
窓を開けた。女の子は、目鼻立ちの整った綺麗な顔だったが、目の下には
隈が出来ており、顔は青白く、とてもこの世のものとは思えない怪しげな
雰囲気を醸し出している。この子もボクのような病なんだろうか・・・。
「どうしてここに・・・キミはいったい・・・!?」
「えっ、あ、うん。私はエリカっていう名前だったと・・・思う。」
「・・・だったって? どういう・・・」
「もぅ・・・ずいぶん、昔の話だから・・・」
そう言いながら、女の子は窓枠に手をかけるとググッと
身体を持ち上げながら、ぬるっとボクの病室に侵入してきた。
ボクはこの不思議な女の子の侵入目的が全く分からず、
後ずさりしながら、部屋の壁際へと移動していく。
「・・・そ、それでこの部屋に来た目的は何なんだよ。」
ボクはうわずった声で、女の子に尋ねる。
「えっと、なんでだったっけ・・・あ、そうそう、アンタを食べに来たの・・・」
「はぁ!? ボクを? そんなまさか。キミ、何・・・言ってんのさ?」
「あ、私、実はゾンビなんですよ・・・」
女の子は、あごにかかった髪の毛をいじりながら
あっけらかんとした態度でボクに告げた。
「いやいや、ゾンビなんて作り話の産物だから・・・」
「いや、でも、いるんだよね。これが・・・さ。」
「でも、ゾンビって死体が彷徨っているから腐ってるんじゃ・・・キミは見たところ
そんな感じはしないし・・・あ、わかった! コスプレでしょ。今日はハロウィンかなんかだっけ?」
「違うよ。アンタはゾンビについて偏見があるみたいだから言っとくけど、
最近のゾンビというか、少なくとも私は身体の腐敗を防ぐために気温の高い
昼間は出歩かないし、夜だってほら、これを持ち歩いてるから・・・」
そういって女の子は肩にかけたバッグから冷却スプレーを取り出すと
自分の体にまんべんなく吹き付けながら、ボクとの会話を続けた。
「知ってる? 5℃以下の低い温度では、腐敗は進行しないんだって。」
「いや、知らないよ。とにかく、キミがゾンビだってことは信じてあげるから、
別の人をあたってくれないかな。ボクを食べてもメリットないから!」
声を荒げたせいで、また咳が止まらなくなってしまった。
しばらく咳き込んでいたら、口を押えていた手のひらに
血がまとわりついた。
「・・・ほら、見た・・・だろ、これ・・・がボクを食べない方が良い理由なんだ。」
ボクの一部始終を傍で見ていた女の子は、腕を組みながら、
不思議そうな顔でボクに尋ねた。
「アンタの病気、治らないの?」
「・・・あぁ、そうだよ。たぶん。ボクは・・・もうすぐ・・・死ぬんだ。
だから、ボクには・・・あとわずかしか・・・時間がない。」
自分の病気を肯定するとなんだか力が入らなくなって、
ボクは病室の壁に体を預けてその場に座り込んだ。
「そっかぁ、でも時間があり過ぎるのも・・・それはそれで、辛いよ」
女の子は、ボクに向かい合うように床に腰を下ろした。
近くで見ると吸い込まれそうな大きな瞳や整った目鼻立ちに
思わず見とれてしまう。ボクはそれを悟られまいと疑問を投げかける。
「・・・ところで、キミがもし本当にゾンビだったとして、どうしてゾンビになってしまったの?」
「あ、えっと・・・なんでだっけ・・・思い出せないな・・・あ、そうそう、チャッピー、
飼い犬のチャッピーに噛まれたんだ。ほら、これッ」
そう言って突然女の子は、制服の上着をボクの目の前でまくり上げた。
「え、ちょ、なッ・・・」
ボクはとっさに目を逸らしたが、好奇心からまくり上げた女の子の体に
再び視線を戻すとボクは言葉を失った。
女の子の青白い肌の腹部あたりに雑に縫い合わされた大きな傷は、
見るからに痛々さを感じてしまったからだ。
女の子はまくり上げていた制服を元に戻すと話し始めた。
「まさか、あんなに可愛がっていたチャッピーに食べられちゃうとは思わなかったよ・・・
私も最初は、信じられなかったけど、このまま食べられちゃあ、
流石にやばいと思ってチャッピーを手にかけちゃった・・・アハハハッ」
女の子は、遠い目をしながら、力なく笑った。
「それで、その場で気を失ってしまって・・・起きたら、こんな感じになっちゃってて・・・
チャッピーに食べられたお腹が大変な状態だったけど・・・私、なぜか生きてて・・・
しかも、痛みとか暑さ、寒さも全然感じなくなっていたから・・・あ、それで、
そのままのお腹じゃマズいと思ってとりあえず、自分で家にあった針と糸で
適当に縫い合わせといたんだけどね・・・」
ボクは目の奥に焼き付いた女の子の体を思いながら訪ねた。
「自分で縫い合わせたって・・・正気の沙汰じゃないでしょ・・・」
「だって、私の体、何をしても痛くも痒くもないから・・・」
女の子はまるでかすり傷に絆創膏を貼っただけのように淡々と話したかと
思えば、俯いて溜息交じりに話を続けた。
「暫くは、自分の部屋でどうしてこんな体の状態で私は生きているんだろうって考えてたけど、
突然、強烈な感覚に襲われて堪らず、私は家を飛び出したの・・・」
「強烈な感覚って? でも、どうして家を・・・?」
「捕食欲求っていったらいいのかな・・・。それでね、このままじゃ、パパとママを
チャッピーみたいに襲っちゃいそうで、嫌だったの。
強烈な飢えと喉の渇き、人の内臓を食べたくて仕方がなくて・・・ホント、嫌になる・・・」
「・・・それで、キミは他の人を食べたの?」
女の子は俯いたままかぶりを振った。
「・・・わからない。その時の記憶が全く思い出せないから・・・」
でも私、この体のまま普通の食事をとらずにもう何年もこうして生きていられているから、
たぶん・・・数えきれない数の人を食べていたんだと思う・・・」
女の子の肩にかかっていたバッグが滑り落ちた。
「そっかぁ・・・キミは生き長らえながらも、罪悪感を背負っているんだ・・・。
ところで今は・・・どうなの? 今もボクを食べたいって・・・思う?」
「正直いうとね・・・凄くモヤモヤ・・・してる・・・」
一瞬女の子の目の奥が輝いたように見えたのをボクは見逃さなかった。
「わかっていると思うけど、ボクもさすがにハイどうぞってキミにこの体を差し出すワケにはいかないよ。
たとえ、ボクに残された時間があとわずかだったとしてもね・・・。
だって、本能のままに食べたいから食べるなんて、そんなの獣と一緒だから。キミはゾンビだけど、
獣じゃなくて人間なんだから、頑張って自分自身の欲望を抑えてみなよ・・・」
「わかってるって! そんなことくらい。アンタには私の苦しみなんて理解できっこないッ!
いっそのこと、こんな・・・身体になってしまった私をアンタの手で終わらせてよ!!」
「・・・終わらせるって、どうやってだよ・・・ボクにキミを殺めろというの?
無理だよ。ボクには。人を殺めたことなんてないし、やり方もわからない。
そもそもそんな体力があれば、こんなところで・・・寝てたりはしないよ・・・」
「じゃあ、私はどうしたらいいのよ!」
「知らないよ! 自分で考えてよ。でもボクは残された時間を後悔しないように
生きていきたいんだ! キミにも誰にも邪魔はされたくないからァ!!」
ボクは大声を張り上げたせいで、また発作が止まらくなって咳き込んでいた。
女の子はそんなボクを尻目に立ち上がると片手で顔を抑えながら、窓の方へと歩いていくと
窓の外を見ながら、深い溜息をついた。
「・・・それで、アンタはその限られた時間の中で何がしたいの」
ようやく咳が止まったボクは肩で息をしながら、力の無い声で呟いた。
「・・・・・・が、したい・・・よ」
蚊の鳴くような声で呟いたボクの声が聞き取れなかった女の子が
振り返ってボクの方に近づきながら執拗に尋ねてくる。
「えっ、何? 何がしたいの・・・?」
他人に面と向かって言いたいことじゃなかったけど、
興味本位で執拗に聞いてくる女の子が面倒で
半ばやけくそとばかりに言い放った。
「ここを出て、普通に学校にいってみんなと勉強もしたいし、友達と遊んだり
たわいもない話をしたり、恋をしたり・・・あ、いや・・・恋は別に・・・」
――言ってすぐさまボクは後悔した。目の前に女の子がいて、恋をしたいって欲求を
伝えてしまうとなんだか妙に相手を意識してしまって急に恥ずかしくなってしまって
お茶を濁してそっぽを向いた。
「・・・あ、うん。確かに恋してなかったわ・・・私も・・・全然・・・」
「えっ、そう・・・なの・・・?」
再び女の子に視線を戻すと、髪をかきあげてはにかんでボクに尋ねた。
「人を好きになるってどんな感情? 今となっては全然わからないや・・・」
――難しい質問だった。どんな感情なんだろ。ボクにもわからない。
でも、何か答えないとこの変な空気を変えられない気がしてとっさに
浮かんだ。ありきたりな返事をした。
「うーん、なんだろな。人を好きになって少しでも長く一緒にいたいと思うことかな。
あと、少しでも相手のことが知りたくなって・・・相手との距離をできる限り近づけたいって思うことかな・・・」
「そっかぁ・・・じゃ、こういうこと・・・?」
「わ、ちょ、ちょっと・・・お、おい・・・」
女の子が急にボクを押し倒して顔に息がかかる距離でボクに問いかける。
「・・・いま、どんな感情?」
「えっと・・・そ、そう・・・だね。なんか変な・・・胸がドキドキしてて、なんだか息苦しいよ・・・」
「・・・ねぇ、アンタさ、私のこと・・・好きになった?」
「これがキミを好きになった感情なのかどうかわからないけど、なんだか身体が熱くなってて・・・
いま生きているって実感しているかも・・・」
「・・・そう・・・じゃあ・・・」
女の子はそう呟くと、憂いを帯びた瞳でボクを見つめると突然目を閉じて
ボクの唇に自分の唇を合わせた。ボクはあまりのことに何が起こっているのか
わからなくて頭の中が空っぽになった。
――これが・・・キス・・・なんだ・・・。だけど、女の子の唇とボクの身体に預けているその身体は
氷のように冷たかった。そして・・・女の子はボクの耳元で最後の言葉を残した。
「・・・ごめんね。」
こうして、ボクは彼女に食べられてしまった。
彼女は、抗うボクを押さえつけて獣のように
むしゃぶりついた。頬に涙を伝わせながら・・・。
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